ルーカスの冬の冒険/エピローグ -祈りの余香-
- shinmiyata12

- 2025年12月26日
- 読了時間: 2分
あの冬が終わってから、
町はまた、静かに季節を受け入れるようになった。
春。
雪解け水が川を満たし、冷たい石に触れながら流れていく。
朝の空気には、まだ冬の名残があり、
湿った土と、どこか懐かしい教会の香りが混じっていた。
人々は言う。
「いつも通りの春だ」と。
けれど本当は、
“元に戻った”のではない。
あの冬を、胸の奥にしまったまま、生きているだけだった。
あの少年は、やがて青年になった。
背は伸び、声も変わり、
彼の名前を呼ぶ声も、少しずつ別の調子になっていった。
奇跡の話をする人は減り、
町の鐘の音も、日常の一部へと溶けていく。
それでも冬になると、
青年は無意識のうちに足を止めていた。
凍りかけた川のほとり。
あの光が昇っていった空を、もう一度なぞるように見上げる。
耳を澄ますと、
遠くから、歌とも祈りともつかない旋律が聞こえた気がした。
それは確かに音だったのに、
同時に、胸の内側で鳴っているだけのようでもあった。
奇跡は、もう起こらない。
天使の声が響くことも、
町が一斉に息を呑むこともない。
けれど青年は知っていた。
あの旋律が、完全に消えることはないと。
誰にも気づかれない朝、
空を横切る小さな影がある。

風を切る羽音。
まっすぐで、迷いのない飛び方。
それを見るたび、
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
――ああ、まだ続いている。
信じることを選んだ日。
怖れを抱えたまま、前へ進んだあの瞬間。
すべては、今もどこかで息をしている。
青年は、もう振り返らない。
代わりに、静かに歩き出す。
胸の奥で、祈りのような旋律を抱いたまま。
物語は、ここで終わる。
けれど、あの歌が消えることはない。
冬が来るたび、
空を渡る影を見るたび、
それは、そっと思い出される。
――奇跡は、起きた。
確かに、ここに。





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